Hindemith Blog

作曲家パウル・ヒンデミットについて書くブログ

THE GLENN GOULD READER2

今回もグレン・グールドリーダーのヒンデミットに言及している部分を取り上げます。

 

Glenn Gould Reader

Glenn Gould Reader

 

文章のタイトルはこちら。 

・A TALE OF TOW MARIENLEBENS

MARIENLEBENはドイツ語で、MARIEN→マリア(人名)、LEBEN→生涯(名詞)をつなげたものです。

日本語訳すると、「2つのマリアの生涯のお話」といった感じでしょうか。

この文章は、グールドさんがソプラノ歌手ロクソラーナ・ロスラックさんと録音した「マリアの生涯」という歌曲集のレコードについているライナーノーツが元です。

さて、なぜ2つのマリアの生涯なんでしょうか。それは、ヒンデミットが歌曲集「マリアの生涯」を改定し、出版したからです。詩は同じですが、曲は初版の素材を再加工して出版した感じでしょうか。使っている材料は同じでも、明らかに異なっています。よって、「マリアの生涯」はヒンデミットの作曲変遷をみる上で絶対に欠かせない曲の一つです。

グールドさんの文章は、改定前後の譜例を出しながら書き綴っていきます。また、ヒンデミットは改定した楽譜の冒頭に、なぜ改定したのか、どの点を改めたのかを、詳しく、そして長く書いておりますので、グールドさんはもちろんその文章を拾いながら、自身の解釈を付け加えていきます。よってページ数は膨らみ、13ページほどになります。

改定前後の譜例を出している部分を1か所抜き取って見てみます。第6曲「羊飼いたちへのお告げ」の中間部分になります。譜例1が初版のもので、譜例2が改定版になります。もちろん、同じ歌詞の部分ですよ。

 

譜例1

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譜例2

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譜例1のソプラノは、まるでピアノやクラリネットなどの楽器がしそうな半音階の動きをしています。明らかに歌いにくそうです。また、ピアノの楽譜と並行してみてみると、ピアノの音がソプラノの旋律を補強したり、助けているようにはとても見えません。より一層歌いにくそうです。

譜例2は、八分音符の半音階はなくなっているし、譜面がすかすかしています。ピアノとソプラノが呼応しているようにも見えます。グールドさんは [ complacent chord clusters and predictable, cue-oriented interludes. ] 「満ちたコード群と、予測される合図のある間奏曲」と書いています。たぶん。

 

グールドさんは初版と改定版について、おおよそ以下のように書いています。

 

初版は、休みがなく息継ぎする場所を探すのにも苦労する、器楽的な半音階の動きで、歌い手にとっては困難極まりないが、それによって生まれる力強さと緊迫感が効果的に働いている。

改定版は、特徴的な部分があまりに少なく、和声も安定しており、意外性がない。ホの調性は人間としてのキリストを、ロの調性はマリア自身を現すなど、和声を細かく設定して作曲しているが、それらを固定化してしまったことにより、初版にはあったドラマ性が損なわれている。

 

グールドさんは改定版の作曲の仕方が、有効に働いている部分も取り上げています。改定版のフォローもするとは、さすがです。しかし文末はこのように締めています。

 

I firmly believe Das Marienleben in its original form is the greatest song cycle ever written.

私は元の「マリアの生涯」が、今まで書かれた歌曲集の中で、最も素晴らしい歌曲集であると固く信じている。

 

改定版のフォローは何だったんでしょうか。当然のことながら、グールドさんとロスラックさんが録音したのは、初版の楽譜です。